
未明――。カサレスの村は眠りについていた。永遠に目ざめることはないと思えるくらいの静寂があたりをつつんでいる。
教会のある丘の上へ登り、夜明けを待った。




青空の下にさらに青いものが拡がっている。この山中でまさかと思ったが海だった。標高が高いがゆえに、離れた地中海までをも望見できるのだ。
白い村はカサレスの周囲にも点在する。それらを見てまわりたい誘惑に駆られながら、後の旅程を考え合わせて都会へ出ることに。祝日はバスは運休というので、ホテルで朝食後タクシーを呼んでもらい、エステポナへ向った。
日が暮れはじめると、麓の方からざわめきが聞えてきた。
楽団と山車が練り歩いてくる。山車の美少女たちは黒子とともにしきりに菓子をばらまき、それをめあてに子供らが群がってくる。







終点のスペイン広場へさしかかる頃には群衆の興奮は最高潮に達し、その渦にのみこまれながら、写真を撮りまくる。報道関係のような人物はいなかったから、地元のほんのささやかな祭なのだろう。翌日はスペインの祝日主顕節なので、その前夜祭かもしれない。ふらりと旅行中に、偶然にもいきあわせるとは。



美少女のとびっきりの笑顔を見おさめたら、ビールで打ち上げだ! 広場のバーはすでに先客であふれていて、主人も応対におおわらわ。奥のカウンターのガラスケースには烏賊などのタパスが並ぶのが見え、その周囲は常連らしき客で占められている。タパスも欲しいなと思ったが、よそ者は頃合を見て硬貨を投げ出し、「ウナ・セルべサ!」(生ビール一杯)と叫ぶのが精いっぱい。店内は立錐の余地もないので外で飲む。うまい具合に窓の桟があり、すでに先客の空瓶やグラスが並んでいるのでそれにならう。
群衆の騒ぎが静まってからレストランへ行き、遅い夕食にありつけた。イベリコ豚のフィレ肉ステーキ。

血のように濃い赤ワインは、一仕事終えた(何の仕事をだ?)後の身に沁みわたるようだった。

楽団と山車が練り歩いてくる。山車の美少女たちは黒子とともにしきりに菓子をばらまき、それをめあてに子供らが群がってくる。







終点のスペイン広場へさしかかる頃には群衆の興奮は最高潮に達し、その渦にのみこまれながら、写真を撮りまくる。報道関係のような人物はいなかったから、地元のほんのささやかな祭なのだろう。翌日はスペインの祝日主顕節なので、その前夜祭かもしれない。ふらりと旅行中に、偶然にもいきあわせるとは。



美少女のとびっきりの笑顔を見おさめたら、ビールで打ち上げだ! 広場のバーはすでに先客であふれていて、主人も応対におおわらわ。奥のカウンターのガラスケースには烏賊などのタパスが並ぶのが見え、その周囲は常連らしき客で占められている。タパスも欲しいなと思ったが、よそ者は頃合を見て硬貨を投げ出し、「ウナ・セルべサ!」(生ビール一杯)と叫ぶのが精いっぱい。店内は立錐の余地もないので外で飲む。うまい具合に窓の桟があり、すでに先客の空瓶やグラスが並んでいるのでそれにならう。
群衆の騒ぎが静まってからレストランへ行き、遅い夕食にありつけた。イベリコ豚のフィレ肉ステーキ。

血のように濃い赤ワインは、一仕事終えた(何の仕事をだ?)後の身に沁みわたるようだった。
風光明媚なアンダルシア地方は旅人を魅してやまない。素朴な村々をじっくり見てまわりたいところだが、あいにく急ぎの旅、1泊するならと白羽の矢を立てたのがカサレス。
地中海沿岸のエステポーナまでバスで出て、タクシーで向かう。カサレス行のバスは日に2本しかなく、最終便はすでに出た後だった。
車は寂しくて怖いような山の中へ入っていく。はっとするような白い集落が眼下に現われたかと思うと、山道を迂回して村へ到着。


まずは宿の確保だが、ここではほとんど選択の余地はない。やや高台にあるペンションのようなホテル「カサレス」に泊まる。

こじんまりした部屋が60ユーロ、窓からの眺めは絶景だが、高所恐怖症の人はやめておいたほうがいいだろう。部屋の鍵とは別に表門の鍵も渡され、常に施錠するように言われる。ちょっと自分の家という感覚だね。





村は高低差が激しく、細い石畳の道がうねっていてモロッコでまわった迷宮都市を想起させるが、人が少ないのは落ち着ける。旅行客の姿もほとんど見られず、悠然とした日常の時間が流れているのだった。

ただ、中心部の小さなスペイン広場は飾りつけがなされ若者たちで賑わっている。警官の姿も見られ、少し張りつめたような空気もあったが、それが何を意味するかはその時は知るよしもなかった。
地中海沿岸のエステポーナまでバスで出て、タクシーで向かう。カサレス行のバスは日に2本しかなく、最終便はすでに出た後だった。
車は寂しくて怖いような山の中へ入っていく。はっとするような白い集落が眼下に現われたかと思うと、山道を迂回して村へ到着。


まずは宿の確保だが、ここではほとんど選択の余地はない。やや高台にあるペンションのようなホテル「カサレス」に泊まる。

こじんまりした部屋が60ユーロ、窓からの眺めは絶景だが、高所恐怖症の人はやめておいたほうがいいだろう。部屋の鍵とは別に表門の鍵も渡され、常に施錠するように言われる。ちょっと自分の家という感覚だね。





村は高低差が激しく、細い石畳の道がうねっていてモロッコでまわった迷宮都市を想起させるが、人が少ないのは落ち着ける。旅行客の姿もほとんど見られず、悠然とした日常の時間が流れているのだった。

ただ、中心部の小さなスペイン広場は飾りつけがなされ若者たちで賑わっている。警官の姿も見られ、少し張りつめたような空気もあったが、それが何を意味するかはその時は知るよしもなかった。
未明、愛用のカメラのレンズが割れる夢をみた。起きると慌ててレンズを確かめたが異常はない。外には朝靄につつまれたジブラルタルの岩山があった。シャッターも難なくきれた。

ところが、ホテルを出るときに回転扉のガラスが割れているのに気づいた。昨夜まぬけな酔客がガラスと気づかずにぶちあたったものだろう。夢の暗示はこのことだったのか・・・。こういう不思議な感覚にささえられて、無事旅を続けられているような気がする。
さて、ジブラルタルへ再入国すると岩山をめざす。
楽してロープウェイを使ったが、歩いて登れば1時間はかかったろう。展望台で景色に見とれていると、背後からカメラの紐を引っぱられた。すわ、ひったくりか!と振り返ると、相手は何と子猿。この岩山には野生の猿が棲みついているのだった。むかし小豆島の寒霞渓で猿に菓子を奪われたことを思い出した。




かなたにうっすら見えるのはアフリカ大陸ではあるまいか。
頂上から尾根伝いに歩いていったが、意外と広い。途中のオハラ発電所で小休止をかねて見学。それにしても、港に飛行場に発電所まで持ち備えているとは、イギリスの属領というよりひとつの国家をなしているに等しい。もっとも、農産物はほとんど採れず輸入に頼らざるをえまいが。
洞窟や城塞もあるということだったが、歩きつかれた。坂を下りてスペインに戻ることにしよう。

そうそう、せっかくイギリスに来たのだから町のパブでビールくらいは飲んでおかねば・・・。

ところが、ホテルを出るときに回転扉のガラスが割れているのに気づいた。昨夜まぬけな酔客がガラスと気づかずにぶちあたったものだろう。夢の暗示はこのことだったのか・・・。こういう不思議な感覚にささえられて、無事旅を続けられているような気がする。
さて、ジブラルタルへ再入国すると岩山をめざす。
楽してロープウェイを使ったが、歩いて登れば1時間はかかったろう。展望台で景色に見とれていると、背後からカメラの紐を引っぱられた。すわ、ひったくりか!と振り返ると、相手は何と子猿。この岩山には野生の猿が棲みついているのだった。むかし小豆島の寒霞渓で猿に菓子を奪われたことを思い出した。




かなたにうっすら見えるのはアフリカ大陸ではあるまいか。
頂上から尾根伝いに歩いていったが、意外と広い。途中のオハラ発電所で小休止をかねて見学。それにしても、港に飛行場に発電所まで持ち備えているとは、イギリスの属領というよりひとつの国家をなしているに等しい。もっとも、農産物はほとんど採れず輸入に頼らざるをえまいが。
洞窟や城塞もあるということだったが、歩きつかれた。坂を下りてスペインに戻ることにしよう。

そうそう、せっかくイギリスに来たのだから町のパブでビールくらいは飲んでおかねば・・・。
地中海を眼下にバスは山道を走る。スペインはバス代が安い。1時間走っても2ユーロほど。途中、風力発電の風車が見えたが回っていない。風はないようだ。

海岸の町ラ・リネアは秋のよそおい。ここからさらに歩いてイギリスまで行った、と言ったら嘘だあと思うだろう。でも、本当なのだ。この先、ジブラルタル半島はイギリス領となっており、車でも徒歩でもいける。

ちゃんと国境があり、略式ながら入国審査も。私はまだイギリス本土へは行ったことがないので、新たなる訪問国にカウント。
国境を越えると、唖然とするような光景が・・・。

空港の滑走路を平然と人が横切り、自転車が走っている。国土の面積が狭く、飛行機の発着が極端に少ないので一般道路と共有しているのだ。



町は当然ながら、英語の看板があふれイギリスそのものの世界。通貨はポンド。とりあえず小額を両替しておく。
ジブラルタルには数軒のホテルがある。案内所でもらったリストをたよりにまず中級クラスを2軒あたるが、値の割にあまりに安っぽい宿で退散。
残るは崖にはりついたロック・ホテルで私好みの立地条件でもあったが、プライスリストの175ポンドから朝食別というのを見て考えこんでしまった。朝食は18ポンド、日本円で2千円以上、ありえん物価だ。4つ星でこの値は高すぎる・・・。
ラ・リネアに高級そうなホテルが1軒あったのを思い出し、一旦スペインに戻って明日出直すことに。これは賢明な判断であった。ラ・リネアのアスル・ホテルは立派な外観から100ユーロはすると踏んでいたが、59からという安さだった。69ユーロの海側の部屋を確保。眺望テラス付・朝食付でこの値はお得。同じ4つ星でも、ジブラルタルの3分の1で泊まれたのであった。




ただ、ここのホテルの夕食は失敗だった。メニューは10ユーロ均一のチョイスセットしかなく、前菜にスパゲッティー、主菜に鱈のクリームソース添え、デザートにチョコレート・ムースを選んだ。しかし、麺は茹ですぎ、菓子は甘すぎ。これならジブラルタルでイギリス料理でも食っておけばよかったなあー。

海岸の町ラ・リネアは秋のよそおい。ここからさらに歩いてイギリスまで行った、と言ったら嘘だあと思うだろう。でも、本当なのだ。この先、ジブラルタル半島はイギリス領となっており、車でも徒歩でもいける。

ちゃんと国境があり、略式ながら入国審査も。私はまだイギリス本土へは行ったことがないので、新たなる訪問国にカウント。
国境を越えると、唖然とするような光景が・・・。

空港の滑走路を平然と人が横切り、自転車が走っている。国土の面積が狭く、飛行機の発着が極端に少ないので一般道路と共有しているのだ。



町は当然ながら、英語の看板があふれイギリスそのものの世界。通貨はポンド。とりあえず小額を両替しておく。
ジブラルタルには数軒のホテルがある。案内所でもらったリストをたよりにまず中級クラスを2軒あたるが、値の割にあまりに安っぽい宿で退散。

残るは崖にはりついたロック・ホテルで私好みの立地条件でもあったが、プライスリストの175ポンドから朝食別というのを見て考えこんでしまった。朝食は18ポンド、日本円で2千円以上、ありえん物価だ。4つ星でこの値は高すぎる・・・。
ラ・リネアに高級そうなホテルが1軒あったのを思い出し、一旦スペインに戻って明日出直すことに。これは賢明な判断であった。ラ・リネアのアスル・ホテルは立派な外観から100ユーロはすると踏んでいたが、59からという安さだった。69ユーロの海側の部屋を確保。眺望テラス付・朝食付でこの値はお得。同じ4つ星でも、ジブラルタルの3分の1で泊まれたのであった。




ただ、ここのホテルの夕食は失敗だった。メニューは10ユーロ均一のチョイスセットしかなく、前菜にスパゲッティー、主菜に鱈のクリームソース添え、デザートにチョコレート・ムースを選んだ。しかし、麺は茹ですぎ、菓子は甘すぎ。これならジブラルタルでイギリス料理でも食っておけばよかったなあー。
タンジェは風情のある港町であった。

港の近くには廃止になった旧駅舎が。フェリーと乗りついで鉄道を利用するには便利だったのに、なぜ移設したのだろう。今頃になって建設に着手したカサブランカの路面電車といい、モロッコの鉄道事情はよくわからない。
今日はいよいよ海峡を越えてスペインへ向かう。のんびり歩いて港へ行くと、次のフェリーの出航10分前。窓口の女が「早く、早く!」とせきたてる。急いでチケットを買い、乗り場へ走る。その前に出国手続きだ。役員がもたついているので、今度は私が「早く、早く」とせっつく。桟橋まで猛ダッシュ。間に合った! でも、案ずることはなかった。車などの積み込みがまだ終わっておらず、実際に出たのはその30分後。

アフリカ大陸よさらば・・・。船内の売店で、使い余したモロッコの通貨でビールを買おうとしたらユーロしか使えないとのこと。ユーロは持っているがあきらめる。どうせスペインに着いたら、いくらでも飲めるのだ。海面には我々を歓迎してくれているのか、海豚が飛び跳ねるのが見えた。高速船は40分後には対岸スペインのタリファへ入港。あっけないほどの短い船旅であった。
タリファはきれいな町だった。ここには乞食も怪しげな日本語で話しかけてくる輩もいない。文明国へ来た!エジプトから紅海を渡ってヨルダンへ入国したときもそう思ったものだった。観光案内所では親切な女性がバスの時間表と地図をくれた。これもモロッコでは考えられないサービスだね。

ラ・リネア行バスの待ち時間にスーパーへ寄る。ここではアルコールが一般の棚に正々堂々と置かれてある。モロッコのスーパーのリカーショップは、レンタルビデオ屋のアダルトコーナーのように、片隅にひっそりあったっけ。とりあえず缶ビールを購入。外へ出ると、まぶしいほどの青空の下に白塗りのベンチがある。
50ヶ国めの海外新入国を祝し、50セントの缶ビールで乾杯!


港の近くには廃止になった旧駅舎が。フェリーと乗りついで鉄道を利用するには便利だったのに、なぜ移設したのだろう。今頃になって建設に着手したカサブランカの路面電車といい、モロッコの鉄道事情はよくわからない。
今日はいよいよ海峡を越えてスペインへ向かう。のんびり歩いて港へ行くと、次のフェリーの出航10分前。窓口の女が「早く、早く!」とせきたてる。急いでチケットを買い、乗り場へ走る。その前に出国手続きだ。役員がもたついているので、今度は私が「早く、早く」とせっつく。桟橋まで猛ダッシュ。間に合った! でも、案ずることはなかった。車などの積み込みがまだ終わっておらず、実際に出たのはその30分後。

アフリカ大陸よさらば・・・。船内の売店で、使い余したモロッコの通貨でビールを買おうとしたらユーロしか使えないとのこと。ユーロは持っているがあきらめる。どうせスペインに着いたら、いくらでも飲めるのだ。海面には我々を歓迎してくれているのか、海豚が飛び跳ねるのが見えた。高速船は40分後には対岸スペインのタリファへ入港。あっけないほどの短い船旅であった。
タリファはきれいな町だった。ここには乞食も怪しげな日本語で話しかけてくる輩もいない。文明国へ来た!エジプトから紅海を渡ってヨルダンへ入国したときもそう思ったものだった。観光案内所では親切な女性がバスの時間表と地図をくれた。これもモロッコでは考えられないサービスだね。

ラ・リネア行バスの待ち時間にスーパーへ寄る。ここではアルコールが一般の棚に正々堂々と置かれてある。モロッコのスーパーのリカーショップは、レンタルビデオ屋のアダルトコーナーのように、片隅にひっそりあったっけ。とりあえず缶ビールを購入。外へ出ると、まぶしいほどの青空の下に白塗りのベンチがある。
50ヶ国めの海外新入国を祝し、50セントの缶ビールで乾杯!
フロントではスペイン語の会話が飛びかい、もうヨーロッパが近いことを予感させた。

モロッコ最後の夜は5つ星ホテル「エル・ミンザ」に投宿。部屋からは海が眺められる。1435ディラハム。部屋へ案内してくれたボーイは、プライドがあるのか差しだした5ディラハム硬貨を受け取ろうとはしない。
「これって1ユーロの半分だぜ」
「・・・・・・」今までチップはそれでとおして来たのだが。ユーロの紙幣をぽんとはずむヨーロッパからの上客もいるのかも。でも、頼んでない軽い荷物をエレベーターで運んだだけで1ユーロは、そりゃないぜとも思う。
気をわるくしたわけではなさそうで、後で入口で会ったときにいいレストランはないかと訊くと、別の男に案内させてくれた。行ってみたが、暗そうな店でどうもピンとこない。結局、ホテルの中で夕食を摂ることに。
レストランは2つあり、西洋料理店は白人のウェーターが、モロッコ料理は民族衣裳を着たいかにもそれっぽい黒人が応対している。後者「エル・コルサン」の方へ惹かれるようにいく。

私のほかには白人の若い女性二人連れと、流暢なフランス語を話す太っちょの女の客が一人。外国人にせよ女性が単独で食事をしている光景というのは、他の地方ではついぞ見かけなかった。この点でも、開けた街なのかと思う。

料理はアフリカらしいものをとクスクスを注文。とろけるような骨付仔羊と7種の野菜入りで、これは絶品だった。野菜味と辛口のいずれかのスープに浸して食べる。赤ワインのカベルネ・プレジデントも、欧州産と比べて遜色のない味。値は張るが、さすがは5つ星ホテルだ。
余談ながら地元・奈良の三条通にかつてその名も「クスクス」というアフリカ料理店があった。メニューにはホロホロ鳥のステーキなどもあり、ものめずらしく贔屓にしていたのだが・・・。今となっては知る人も少ないだろう。クスクスは日本人好みの味でもあり、どこかで機会があったら試してほしい。


モロッコ最後の夜は5つ星ホテル「エル・ミンザ」に投宿。部屋からは海が眺められる。1435ディラハム。部屋へ案内してくれたボーイは、プライドがあるのか差しだした5ディラハム硬貨を受け取ろうとはしない。
「これって1ユーロの半分だぜ」
「・・・・・・」今までチップはそれでとおして来たのだが。ユーロの紙幣をぽんとはずむヨーロッパからの上客もいるのかも。でも、頼んでない軽い荷物をエレベーターで運んだだけで1ユーロは、そりゃないぜとも思う。
気をわるくしたわけではなさそうで、後で入口で会ったときにいいレストランはないかと訊くと、別の男に案内させてくれた。行ってみたが、暗そうな店でどうもピンとこない。結局、ホテルの中で夕食を摂ることに。
レストランは2つあり、西洋料理店は白人のウェーターが、モロッコ料理は民族衣裳を着たいかにもそれっぽい黒人が応対している。後者「エル・コルサン」の方へ惹かれるようにいく。

私のほかには白人の若い女性二人連れと、流暢なフランス語を話す太っちょの女の客が一人。外国人にせよ女性が単独で食事をしている光景というのは、他の地方ではついぞ見かけなかった。この点でも、開けた街なのかと思う。

料理はアフリカらしいものをとクスクスを注文。とろけるような骨付仔羊と7種の野菜入りで、これは絶品だった。野菜味と辛口のいずれかのスープに浸して食べる。赤ワインのカベルネ・プレジデントも、欧州産と比べて遜色のない味。値は張るが、さすがは5つ星ホテルだ。
余談ながら地元・奈良の三条通にかつてその名も「クスクス」というアフリカ料理店があった。メニューにはホロホロ鳥のステーキなどもあり、ものめずらしく贔屓にしていたのだが・・・。今となっては知る人も少ないだろう。クスクスは日本人好みの味でもあり、どこかで機会があったら試してほしい。
メクネスの新市街の銀行で唖然とした。昨日ここで日本円の両替をしたばかりなのに、今日はできないという。やりたくないだけじゃないのか・・・。
泊まったホテルでは機械の故障のためにカード決済ができなかった。それは計算外でたちまち現金が足りなくなったので、両替の必要に迫られたのだが・・・。この国では時に思いがけないことが起る。
旧市街へ行くためタクシーに乗る。神経質そうな運転手で、「フェルメ・ドゥースマン!(そっと閉めて)」と注意される。気が立っていて、つい勢いあまってしまったかな。こんな言葉でも、フランス語だと鳥のさえずりのように聞えるから不思議だ。幸い両替は旧市街の他行で難なくできた。



メクネスのメディナはわかりやすい。フェズの大迷宮と格闘してきた身には楽勝だ。しかし、面白みには欠ける。人の密集する場所はとかく疲れる。早々に切り上げ、新市街へ戻る。
「ラ・クポル」という酒場に入ってみた。ビールは14からと庶民的な値段。すでに先客が二人いて、テーブルの前に2、3本並んでいる。私は2本で引き上げ、列車の待ち時間に駅前の食堂へ。ここでも肉団子のタジンを頼んだが、味はどうということはなかった。

列車は例によって30分ほど遅れて入線。モロッコとしては最終目的地のタンジェへ着いたのは日没前であった。
泊まったホテルでは機械の故障のためにカード決済ができなかった。それは計算外でたちまち現金が足りなくなったので、両替の必要に迫られたのだが・・・。この国では時に思いがけないことが起る。
旧市街へ行くためタクシーに乗る。神経質そうな運転手で、「フェルメ・ドゥースマン!(そっと閉めて)」と注意される。気が立っていて、つい勢いあまってしまったかな。こんな言葉でも、フランス語だと鳥のさえずりのように聞えるから不思議だ。幸い両替は旧市街の他行で難なくできた。



メクネスのメディナはわかりやすい。フェズの大迷宮と格闘してきた身には楽勝だ。しかし、面白みには欠ける。人の密集する場所はとかく疲れる。早々に切り上げ、新市街へ戻る。
「ラ・クポル」という酒場に入ってみた。ビールは14からと庶民的な値段。すでに先客が二人いて、テーブルの前に2、3本並んでいる。私は2本で引き上げ、列車の待ち時間に駅前の食堂へ。ここでも肉団子のタジンを頼んだが、味はどうということはなかった。

列車は例によって30分ほど遅れて入線。モロッコとしては最終目的地のタンジェへ着いたのは日没前であった。
歴史的遺跡は遠くから望み見ることによってのみ初めて遺跡たりうる――なんて思ったりもするのだが、やっぱり行ってみた。ヴォルビリス遺跡。ローマ帝国の遺跡としては円型劇場もなくやや小規模だが、ここはまだ荒らされていない。とにかく周囲に何もない。じっくり古代との対話に浸りたい人にはおすすめだ。


モザイク画もしっかり残っている。水をかけるとより鮮明に映えてくるそうだ。雨あがりに行くのが最高だが、そのチャンスはめったにないに違いない。

遺跡の中には涸れ川がある。入っていったら番犬アヌビスに吠えられた。
夕陽に間に合うように帰る。待たせていたタクシーで名残り惜しそうに去る訪問者もいたが、私は部屋へ戻ってからもまだ遺跡を見れるのだ。泊り客ならではの特権だね。

牛たちもねぐらへ帰る。

羊たちも帰る。ホテルの向かいが羊飼いの家だったとは・・・。
夕陽はあっけなかった。夕食前にホテルのバーへ行くと暖炉がともっている。ビールを頼むと、飲みほしたころにサービスの豆とチーズを持ってきた。もう一杯頼まざるをえないではないか・・・。

今夜は焼肉とワインもランクをあげてカベルネで乾杯。


モザイク画もしっかり残っている。水をかけるとより鮮明に映えてくるそうだ。雨あがりに行くのが最高だが、そのチャンスはめったにないに違いない。

遺跡の中には涸れ川がある。入っていったら番犬アヌビスに吠えられた。
夕陽に間に合うように帰る。待たせていたタクシーで名残り惜しそうに去る訪問者もいたが、私は部屋へ戻ってからもまだ遺跡を見れるのだ。泊り客ならではの特権だね。

牛たちもねぐらへ帰る。

羊たちも帰る。ホテルの向かいが羊飼いの家だったとは・・・。
夕陽はあっけなかった。夕食前にホテルのバーへ行くと暖炉がともっている。ビールを頼むと、飲みほしたころにサービスの豆とチーズを持ってきた。もう一杯頼まざるをえないではないか・・・。

今夜は焼肉とワインもランクをあげてカベルネで乾杯。
あきらかに異国の町なのに、なぜか日本の湯治場にでも来たような親しみを覚えた。聖地という言葉が独り歩きして特別な地域のように錯覚してしまうが、ムーレイ・イドリスの町並みの雰囲気は下町のそれであった。


中心のモスクにだけは異教徒は入れない。
「パノラマビュー・ポイントへ行きたいか?」男から声をかけられ、案内してもらう。もちろん、ただではすまず小銭をせびられた。

高台から見下ろす町は、さながら絵画のようであった。
パン工房へも連れて行かれる。なかなか気のきいたガイドだ。

パンは昔ながらの職人芸で、竈で焼いているようだ。

広場の通り沿いにはタジンや焼肉の店が並び、濛々と煙をあげている。通りかかるとつぎつぎにタジンの蓋を開けて、「どうだい」と見せてくれる。美味しそうだったがここは聖都、酒は絶対にないに違いない。せめてビールが飲めれば・・・。
帰りはタクシーを使おうと思ったが、乗り場にはボスみたいな男が仕切っていて、30より下には下がらない。メーターなら10くらいの距離なのに。交渉の余地もなく、「セ・トゥ」(それまでだ)と言って、指で歩いていく真似をする。癪にさわる野郎だ。
どうせ帰りは下り道だ。坂道を歩いて帰っていると、普通の車がとまり、若い男が「乗って行くか」という。思わず「いくら?」と訊いたら30とぬかす。そんなあほな。「いくらなら乗る」「10なら」ということで乗リ、降りぎわに払おうとしたら、「いや、金は要らないよ」。何だ、冗談だったのか。まあ、一般車が旅行者から金を取ってはいかんと思うけど。


ホテルのレストランへ出むくと、注文したのはもちろんタジン。レモンと鳥肉を煮込んだもので、酸味がきつかったがまあまあいける。赤ワイン「クサル」も昨日のよりは美味く感じた。猫が徘徊していたが、給仕は追い払おうとしなかった。


中心のモスクにだけは異教徒は入れない。
「パノラマビュー・ポイントへ行きたいか?」男から声をかけられ、案内してもらう。もちろん、ただではすまず小銭をせびられた。

高台から見下ろす町は、さながら絵画のようであった。
パン工房へも連れて行かれる。なかなか気のきいたガイドだ。

パンは昔ながらの職人芸で、竈で焼いているようだ。

広場の通り沿いにはタジンや焼肉の店が並び、濛々と煙をあげている。通りかかるとつぎつぎにタジンの蓋を開けて、「どうだい」と見せてくれる。美味しそうだったがここは聖都、酒は絶対にないに違いない。せめてビールが飲めれば・・・。
帰りはタクシーを使おうと思ったが、乗り場にはボスみたいな男が仕切っていて、30より下には下がらない。メーターなら10くらいの距離なのに。交渉の余地もなく、「セ・トゥ」(それまでだ)と言って、指で歩いていく真似をする。癪にさわる野郎だ。
どうせ帰りは下り道だ。坂道を歩いて帰っていると、普通の車がとまり、若い男が「乗って行くか」という。思わず「いくら?」と訊いたら30とぬかす。そんなあほな。「いくらなら乗る」「10なら」ということで乗リ、降りぎわに払おうとしたら、「いや、金は要らないよ」。何だ、冗談だったのか。まあ、一般車が旅行者から金を取ってはいかんと思うけど。


ホテルのレストランへ出むくと、注文したのはもちろんタジン。レモンと鳥肉を煮込んだもので、酸味がきつかったがまあまあいける。赤ワイン「クサル」も昨日のよりは美味く感じた。猫が徘徊していたが、給仕は追い払おうとしなかった。
その黄色い建物は荒野の中に忽然と現れた。ホテル・ヴォルビリス・イン。


「旦那、あのホテルは高いでっせ。それより、見どころを車でまわってメクネスへ戻りましょうや」とグラン・タクシーの運転手がいう。
「いや、構わん。ここに泊まるから」と車を返した。
ヴォルビリスは原野に残る古代ローマ時代の遺跡である。その近くに一軒、隠れ家のようなホテルがあると知ったのは稲葉なおとの著書によってであった。ロンプラにも記載があり、いわく「エアポートホテルのようで雰囲気に乏しい・・・」好意的な意見ではなかったので迷ったが、逆にそういわれると泊まってもみたくなる。ここには空港などない。まわりには何もないという意味なのだろう。それなら市街の喧騒に疲れた心身を癒すにはうってつけだ。
というわけで長距離タクシーではるばるやってきたのだった。女性スタッフは英語もフランス語もあまり解さず、とまどいながらも部屋を確保。



4つ星にしては設備は劣る。場末の人気のないリゾートホテルのようだ。920ディラハムは割高だが、この眺めと静けさを考えれば・・・。
遺跡はあとまわしにし、まず離れた丘の上の聖都ムーレイ・イドリスを訪ねることに。車は返してしまったので自分の足で歩くしかない。でも、この道中が何とも詩的ですばらしいのであった。



数々の草花と動物たち・・・。車で一気に周ってしまっては、これらとのふれあいもなかったろう。


「旦那、あのホテルは高いでっせ。それより、見どころを車でまわってメクネスへ戻りましょうや」とグラン・タクシーの運転手がいう。
「いや、構わん。ここに泊まるから」と車を返した。
ヴォルビリスは原野に残る古代ローマ時代の遺跡である。その近くに一軒、隠れ家のようなホテルがあると知ったのは稲葉なおとの著書によってであった。ロンプラにも記載があり、いわく「エアポートホテルのようで雰囲気に乏しい・・・」好意的な意見ではなかったので迷ったが、逆にそういわれると泊まってもみたくなる。ここには空港などない。まわりには何もないという意味なのだろう。それなら市街の喧騒に疲れた心身を癒すにはうってつけだ。
というわけで長距離タクシーではるばるやってきたのだった。女性スタッフは英語もフランス語もあまり解さず、とまどいながらも部屋を確保。



4つ星にしては設備は劣る。場末の人気のないリゾートホテルのようだ。920ディラハムは割高だが、この眺めと静けさを考えれば・・・。
遺跡はあとまわしにし、まず離れた丘の上の聖都ムーレイ・イドリスを訪ねることに。車は返してしまったので自分の足で歩くしかない。でも、この道中が何とも詩的ですばらしいのであった。



数々の草花と動物たち・・・。車で一気に周ってしまっては、これらとのふれあいもなかったろう。
ホテル「ピック・アルバトロス」のバーでは珍しく生ビールが飲めた。Flagという薄味のやつだが、瓶よりはうまい。フェズの迷宮めぐりで疲れた体に沁みわたるようだった。
預けた荷物を受け取り、カサブランカ行のバスでメクネスをめざす。高速道路を順調に走り1時間ほどで難なく到着。ホテルは町はずれの「トランザ・トランティック」。4つ星ということだが、やや老朽化している。室料500ディラハムは今までの水準からは半値で安く感じる。


メクネスはワインの名産地でもあり、飲酒に関してはモロッコでは寛容な町といわれる。町へ繰り出すと一軒の酒屋が見つかった。酒のあるところ、男あり。酒を買いにきたのか、店主と話しにきただけかよくわからないような男どもが狭い店内にたむろしている。気後れしながらも缶ビールを2本求める。
今宵のホテルは高台にあり、旧市街を一望できる。テラスでビールを飲みながら夕陽を待つ。至福のひとときだ。

夕食は近くに「ルレ・ド・パリ」という名前も外観もそれっぽいフランス料理店もあり迷ったが、結局ホテル内でモロッコ料理。泊り客は少ないのか、私一人でサービスを受ける。


まずはハリラというカレー味のスープ。具は豆などで胃にやさしいが薄味。メインは砂漠の煮込み料理というカリタ・タジン。羊の挽肉団子と卵と香草入り。さすがに洗練はされているが、やはり味つけが薄い。ワインは「クサル」のハーフボトル。強い酸味と大地の香りがする。原始的な味わいで、悪くはなかったといっておこう。
預けた荷物を受け取り、カサブランカ行のバスでメクネスをめざす。高速道路を順調に走り1時間ほどで難なく到着。ホテルは町はずれの「トランザ・トランティック」。4つ星ということだが、やや老朽化している。室料500ディラハムは今までの水準からは半値で安く感じる。


メクネスはワインの名産地でもあり、飲酒に関してはモロッコでは寛容な町といわれる。町へ繰り出すと一軒の酒屋が見つかった。酒のあるところ、男あり。酒を買いにきたのか、店主と話しにきただけかよくわからないような男どもが狭い店内にたむろしている。気後れしながらも缶ビールを2本求める。
今宵のホテルは高台にあり、旧市街を一望できる。テラスでビールを飲みながら夕陽を待つ。至福のひとときだ。

夕食は近くに「ルレ・ド・パリ」という名前も外観もそれっぽいフランス料理店もあり迷ったが、結局ホテル内でモロッコ料理。泊り客は少ないのか、私一人でサービスを受ける。


まずはハリラというカレー味のスープ。具は豆などで胃にやさしいが薄味。メインは砂漠の煮込み料理というカリタ・タジン。羊の挽肉団子と卵と香草入り。さすがに洗練はされているが、やはり味つけが薄い。ワインは「クサル」のハーフボトル。強い酸味と大地の香りがする。原始的な味わいで、悪くはなかったといっておこう。
旧市街を一望できる丘の上でタクシーを乗り捨てると、私は深呼吸した。城壁に囲まれた家並みが朝の光を浴びて蜃気楼のように眼下に浮かびあがる。いよいよ、その世界一複雑といわれる迷宮都市に挑むのだ。


峻嶮な坂を降りると、城壁をたどり手近な門から城内へ。果たして無事抜けて出られるだろうか。


いきなりバザールの場に遭遇。足の踏み場もなく布などの商品が並び置かれ、売り手と買い手の声が飛びかう。太古の昔からこうやって交易されてきたのだろう。部外者はそそくさと立ち去るよりない。

ミントティーを飲みながらの商談、あるいは休憩タイム。

商品なのか私物なのか一見よくわからないまま樹木のまわりに置かれた金物。

狭い路地では物資の運搬に驢馬が大活躍。

さばかれたばかりの肉を狙う猫。

駱駝の肉まで売る店も。駱駝の頭が店頭に飾られているのには慄然。羊頭狗肉ならぬ駱頭駝肉か。他の獣ではなく正真正銘の駱駝肉ですよという証であろう。しかし、多分美味いとは思えないのだが。
迷宮の商店街には、ガラクタ同然のものから貴金属までありとあらゆるものが売られている。階段の途中には囲いもなく剥き出しのATMが。本当に現金が引き出せるのかよ。
ボードレールの詩句に倣えば、「すべてものみな無秩序と混沌、奢り、騒擾、はた幻惑」
途中、観光客相手の土産店でフェズの地図も買い求めた。大まかな通りの名が記されているが、どれほどの役に立とう。道は細く曲がりくねっているばかりか高低差があり、袋小路にはまったりして行きつ戻りつしているうちに方向感覚を失ってしまう。
町全体の規模としてはさほど大きくはない。ドイツなどの城塞都市とかわらないのではないか。だが、この密度ときたら・・・。

皮なめし地区もあった。たちまち自称ガイドが声をかけてくる。マラケシュで経験済みだから、ここは外側から望見するにとどめる。
中央部には車も通るメインロードがあり、そこへ出るとほっとする。このど真ん中からはじめるのが、あるいは一番わかりやすいのかもしれない。しかし、なかなか帰りの車を拾えない。現地の人々は他人の乗っている車でも停めて平気で相乗りしてしまうが、そこまでの芸当は私にはできない。別の城門まで車道を歩き、ようやくタクシーに乗りこんだのは最初に城内へ入ってから数時間後であった。


峻嶮な坂を降りると、城壁をたどり手近な門から城内へ。果たして無事抜けて出られるだろうか。


いきなりバザールの場に遭遇。足の踏み場もなく布などの商品が並び置かれ、売り手と買い手の声が飛びかう。太古の昔からこうやって交易されてきたのだろう。部外者はそそくさと立ち去るよりない。

ミントティーを飲みながらの商談、あるいは休憩タイム。

商品なのか私物なのか一見よくわからないまま樹木のまわりに置かれた金物。

狭い路地では物資の運搬に驢馬が大活躍。

さばかれたばかりの肉を狙う猫。

駱駝の肉まで売る店も。駱駝の頭が店頭に飾られているのには慄然。羊頭狗肉ならぬ駱頭駝肉か。他の獣ではなく正真正銘の駱駝肉ですよという証であろう。しかし、多分美味いとは思えないのだが。
迷宮の商店街には、ガラクタ同然のものから貴金属までありとあらゆるものが売られている。階段の途中には囲いもなく剥き出しのATMが。本当に現金が引き出せるのかよ。
ボードレールの詩句に倣えば、「すべてものみな無秩序と混沌、奢り、騒擾、はた幻惑」
途中、観光客相手の土産店でフェズの地図も買い求めた。大まかな通りの名が記されているが、どれほどの役に立とう。道は細く曲がりくねっているばかりか高低差があり、袋小路にはまったりして行きつ戻りつしているうちに方向感覚を失ってしまう。
町全体の規模としてはさほど大きくはない。ドイツなどの城塞都市とかわらないのではないか。だが、この密度ときたら・・・。

皮なめし地区もあった。たちまち自称ガイドが声をかけてくる。マラケシュで経験済みだから、ここは外側から望見するにとどめる。
中央部には車も通るメインロードがあり、そこへ出るとほっとする。このど真ん中からはじめるのが、あるいは一番わかりやすいのかもしれない。しかし、なかなか帰りの車を拾えない。現地の人々は他人の乗っている車でも停めて平気で相乗りしてしまうが、そこまでの芸当は私にはできない。別の城門まで車道を歩き、ようやくタクシーに乗りこんだのは最初に城内へ入ってから数時間後であった。
その部屋番号を見たときは小躍りした。468、私の好きなヨーロッパではないか。


ホテルはシェラトン・・・ではなくその後継の「ピックアルバトロス(信天翁亭?)」。響きからするとアメリカ系かな。元は確かにシェラトンであったらしく、敷地が広大で全体にゆったりした造り。なぜ、別のホテルに譲渡したかは不明だが、やや老朽化してブランドを保てなくなったのが一因か。ともかく、元シェラトン、5つ星なのだ。それが1090ディラハムとは割安。ただし朝食はプラス100。
ここは新市街のややはずれ。近くにスーパーがあると聞き、夕方行ってみた。ACIMAという本格的な建物で、新年を迎える買物客でごった返している。嬉しいことにリカーショップもある! ずらりと並んだボトルを前に、一瞬目がくらむ。ビールは9、ワインは29ディラハムくらいからある。この程度なら財布に気兼ねなく買える。
この店に集うのは男ばかり。どう見てもイスラムぽい男たちが、カート1杯分も買いあさっている。何だ、結局みんな酒が好きなんじゃん。始めは禁断の園に踏みこんだ気さえしたが、ふと我に返りビール4本とワイン1本、スーパーではパンとフランス産カマンベールチーズを買って帰る。
さて、ワインを買う時からひとつの目論見があった。それは、夕食はルームサービスで頼むというものだ。レストランで食事をすると、飲物が高くついてしょうがない。ルームサービスなら持込み放題だ!

というわけで取ったのが仔羊とプラムのタジン(煮込み鍋)、新年を明日にひかえて思いきり飲むことができた。赤ワインはアフリカの大地の味がした。


ホテルはシェラトン・・・ではなくその後継の「ピックアルバトロス(信天翁亭?)」。響きからするとアメリカ系かな。元は確かにシェラトンであったらしく、敷地が広大で全体にゆったりした造り。なぜ、別のホテルに譲渡したかは不明だが、やや老朽化してブランドを保てなくなったのが一因か。ともかく、元シェラトン、5つ星なのだ。それが1090ディラハムとは割安。ただし朝食はプラス100。
ここは新市街のややはずれ。近くにスーパーがあると聞き、夕方行ってみた。ACIMAという本格的な建物で、新年を迎える買物客でごった返している。嬉しいことにリカーショップもある! ずらりと並んだボトルを前に、一瞬目がくらむ。ビールは9、ワインは29ディラハムくらいからある。この程度なら財布に気兼ねなく買える。
この店に集うのは男ばかり。どう見てもイスラムぽい男たちが、カート1杯分も買いあさっている。何だ、結局みんな酒が好きなんじゃん。始めは禁断の園に踏みこんだ気さえしたが、ふと我に返りビール4本とワイン1本、スーパーではパンとフランス産カマンベールチーズを買って帰る。
さて、ワインを買う時からひとつの目論見があった。それは、夕食はルームサービスで頼むというものだ。レストランで食事をすると、飲物が高くついてしょうがない。ルームサービスなら持込み放題だ!

というわけで取ったのが仔羊とプラムのタジン(煮込み鍋)、新年を明日にひかえて思いきり飲むことができた。赤ワインはアフリカの大地の味がした。
マラケシュから先、オートアトラスの山脈越えをして砂漠へ出るという腹案もあったが、それをしていてはなかなかモロッコから抜け出せない。初訪で日数の限られた旅程では、月並みな早周りコースになるのもやむをえない。

9時発の長距離列車で北東部のフェズをめざす。カサブランカまでは往路と同じ路線の折り返しとなる。1等車内ではイタリア人カップルらと同室だった。女はロンプラを広げて、旅行案を練るのに余念がないようす。
「君も同じガイドブックをもっているね。でもそれは英語版だね」と男の方が話しかけてきた。彼らの本はイタリア語版で、装丁がちょっと違う。
「モロッコは英語があんまり通じないよね。でもフランス語は僕らも苦手なんだ。時々イタリア語に似てると思うこともあるけど、やっぱり全然ちがうもんね」
確かにヨーロッパの言語は、隣国同士でも似て非なるものだ。男は日記をつけたりしていたが、車窓が風景のよい場所へさしかかると、一眼レフを取り出して撮り始めた。私も負けじとキヤノンのKissを手に立ち上がる。



はっとするような美しい山河も見られた。残念ながら車窓は開かないので、ガラス越しに撮るしかない。途中駅に停車する前後が絶好の撮影チャンスで、他の車室からも続々カメラをもった連中が通路に出てくる。


農道を横切る羊たちを、トラックが待ってから通過。心温まる風景だ。
例のイタリア人はガルダ湖畔に住んでいるという。ガルダ湖へは昔訪れたことがある。その地名を聞いて急に親しみが湧いたが、彼らは途中のラバトで降りた。私は終点まで乗りとおす。メクナス駅の手前で列車が減速すると、沿線の子供が石を投げてきたのには肝を冷やした。幸い窓ガラスにはあたらなかったが。
フェズには少し遅れ16時すぎの着。7時間あまりの道程だった。やれやれ。しかし、まだ宿探しという大事が残っている。

9時発の長距離列車で北東部のフェズをめざす。カサブランカまでは往路と同じ路線の折り返しとなる。1等車内ではイタリア人カップルらと同室だった。女はロンプラを広げて、旅行案を練るのに余念がないようす。
「君も同じガイドブックをもっているね。でもそれは英語版だね」と男の方が話しかけてきた。彼らの本はイタリア語版で、装丁がちょっと違う。
「モロッコは英語があんまり通じないよね。でもフランス語は僕らも苦手なんだ。時々イタリア語に似てると思うこともあるけど、やっぱり全然ちがうもんね」
確かにヨーロッパの言語は、隣国同士でも似て非なるものだ。男は日記をつけたりしていたが、車窓が風景のよい場所へさしかかると、一眼レフを取り出して撮り始めた。私も負けじとキヤノンのKissを手に立ち上がる。



はっとするような美しい山河も見られた。残念ながら車窓は開かないので、ガラス越しに撮るしかない。途中駅に停車する前後が絶好の撮影チャンスで、他の車室からも続々カメラをもった連中が通路に出てくる。


農道を横切る羊たちを、トラックが待ってから通過。心温まる風景だ。
例のイタリア人はガルダ湖畔に住んでいるという。ガルダ湖へは昔訪れたことがある。その地名を聞いて急に親しみが湧いたが、彼らは途中のラバトで降りた。私は終点まで乗りとおす。メクナス駅の手前で列車が減速すると、沿線の子供が石を投げてきたのには肝を冷やした。幸い窓ガラスにはあたらなかったが。
フェズには少し遅れ16時すぎの着。7時間あまりの道程だった。やれやれ。しかし、まだ宿探しという大事が残っている。
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